1-1. RoHS指令
2000年前後から欧州委員会が検討していたRoHS指令のドラフト(draft : 草稿)を入手できるようになり、その内容が明らかになった。しかし、その内容は筆者にとっては哲学書のような難解な表現であり、技術論文のようには頭に入ってこない印象であった。2019年7月の改訂で、規制物質としてフタル酸エステルが追加(表1-1)され、規制対象機器(表1-2)も拡大した。本稿を執筆するにあたり、新ためてRoHS指令の規制対象除外機器を調査して驚いた。加盟国の安全保障上の本質的利益を守るために必要な機器として、軍事目的の武器、軍備品戦争材料にはRoHS指令を適用しないことと記載されている。筆者がJEITAに参画中にはこのような項目は無かったように思うのだが。太陽光発電パネルも規制の対象から除外されているが、前職企業では鉛フリーはんだ化が完了されていたと記憶している。宇宙に送り出す機器も規制の対象外となっている。Sn-Ag-Cuの特許を取得した会社が「鉛を含有しないはんだ」を開発した目的は、材料の軽量化を目指した結果であったらしい。

表1-1 規制対象物質

表1-2 規制対象機器
1-1-1. 鉛 : Pb
Pbが最も多く使用されている産業分野は自動車用鉛蓄電池であるが、廃自動車の回収率は家電と比較しても遥かに高く、十分に管理されていると思われる。自動車といえば、過去にはガソリンのオクタン価を向上させる目的として「四エチル鉛」が添加されていたことを知る人も、今や圧倒的に少数派であろう。その他には、鉛は光学ガラス、ブラウン管、顔料(鉛丹 : 赤色、黄鉛 : 黄色)、放射線防護材等に使われている。
一方、はんだとして使用されるPbは鉛蓄電池と比較すると圧倒的に少ないものの、家電製品を廃棄 ・ 焼却することで人体が摂取する機会は多く、鉛蓄電池よりも危険性は高いかもしれない。過去には、山間部の産業廃棄物処理場に家電製品も多く廃棄され、実装基板が酸性雨に晒さることで共晶はんだ中のPbが選択的に溶出し、飲料用水源を汚染している事実も報告されている。今後、地球温暖化が進み酸性雨のpHがより酸性側に移行することが予想されているため、新たな社会問題を引き起こす懸念もある。ドイツではPbを使用した新材料の開発そのものが禁止されていると聞いている。
最近、ペロブスカイト型太陽電池が脚光を浴びている。フレキシブルで加工性が良く多方面での実用化が期待されている。しかし、ペロブスカイト型太陽電池にはPbが使用されている。現在ではRoHS規制の対象にはなっていないが、廃棄の際の回収方法、処分方法をあらかじめ構築しておかなければならないだろう。
1-1-2. 水銀 : Hg
50年前に筆者が担当ていた米国ジャーレル ・ アッシュ社製の固体発光分光分析器は直流アーク放電させるためにバレーボール大の水銀整流器が2個使われていて、金属水銀が封入されていたのを思い出す。過去には体温計に金属水銀が使用されていたが、現在では電子体温計に置き代わっている。金属水銀は常温・常圧で液体である唯一の金属であるが、体内に蓄積されることはなく有害物質でもないと理解していたが、タンパク質などの生体成分と親和性があり、腎臓、脾臓、肝臓に沈着する記述があった。又、水銀蒸気は肺から吸収されるので注意が必要とある。水俣病で有名になった「水銀」は農薬を製造する工場で、アセトアルデヒドを製造するために加えた硫酸水銀が有機水銀「塩化メチル水銀」となり、工場排水として垂れ流しされたためであることが確認されているが、当時は工場排水に係わる規制が無かった時代の悲劇である。
溶液中の陽イオンを分析する方法として、ポーラログラフと言う分析方法を知っている読者はほとんどいないと思われる。白金電極を+極、滴下水銀電極を−極として、溶液中の電解電位を測定することで、定性・定量分析が可能となる。溶液中の陽イオンは水銀電極に引き付けられ電荷を失うが、水銀電極は大きくなると滴下して新しい水銀球が成長するため、常に新しい水銀面を得ることができる。溶液中の陽イオンを分析する方法としては、ICP発光分光分析や原子吸光法にその地位を譲ったが、残留塩素の測定などで存在価値を保っている。
1-1-3. カドミ二ウム : Cd
Cdは接点材料、顔料、めっき等に用いられ、RoHS規制の原因となったと言われている塩ビの安定剤(ステアリン酸カドミ二ウム)としても使用されていた。Cdは少量でも体内(特に骨)に蓄積されると骨がボロボロになり、肺気腫、腎障害、蛋白尿になることも知られている。そこで、他のRoHS対象物質よりも厳しく規制(0.01%)されている。「イタイイタイ病」は、神通川(富山県)に排水を放出したことによって引き起こされた公害の1つである。
そもそも、RoHS規制を検討するきっかけとなった事案があった。ヨーロッパのある国のクリスマス商戦で、日本から輸送されたゲーム機の電線からCdが検出されたため、税関を通過できなかったことが発端と言われている。安定剤として添加されたステアリン酸カドミ二ウムが検出されたのであろう。当時は、ヨーロッパから日本製品を排除するための「嫌がらせ」との論調もあったが、環境問題を重視するヨーロッパにとっては当然の判断であったかもしれない。尚、プラスチックの安定剤には、ステアリン酸鉛も使用していた実績もある。
ヨーロッパにおける日本バッシングには実績がある。スキーのジャンプ競技で、日本選手が活躍すると、スキー板の基準が身長の低い日本選手に不利な方向に規定が変更された。又、バレーボール競技ではネットの高さが高くなり、身長の低い日本選手に不利な方向に規則が改訂されている。
前職企業が日本で初めての円筒型二次電池(放電した電池を充電して再使用できる電池)を商品化に成功したのがNi-Cd電池(商品名 : カドニカ電池、図1-1)であり、負極材料としてCdが使用されていた。開発当時、Cdが有害であることは知っていたが、筆者自身、残念ながら違和感は無かった。むしろ、開発に成功した技術者を誇りにさえ思っていた。しかし、この電池を廃棄する際の手順や注意が喚起されていたか記憶は無い。
ある時、ニッカド電池製造工場に隣接している田んぼの稲が枯れるトラブルが発生した。稲や土砂を徹夜で分析したがCdは検出されず、排水はアルカリ性を示しており、Na(ナトリウム)が多量に検出された。工場内を調査したところ、貯蔵タンク内の電解液(苛性ソーダ : NaOH)がオーバーフローして下水道を経て田んぼに流れ出していたことが確認された。第二のイタイイタイ病にはならず、安堵したことを記憶している。

図1-1 カドニカ電池
- 会社名
- Gichoビジネスコミュニケーションズ株式会社
- 所在地

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