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テクニカルレポート
2015.07.31
実装技術初心者のための『パスポート』-『人脈構築法』とは?
知のインプット/アウトプットのこつ
NPO法人 日本環境技術推進機構 横浜支部

 

新入社員から中堅社員として活躍を発揮できるのは、各自が『人脈』をどれだけ構築しているかによって業務を遂行する上で大きく差が付くことになる。今回は、この『人脈構築法』の処方箋について解説する。

 最初に実際に体験した内容をまず紹介することによって、人脈構築のヒントの話への糸口にしたい。

1.不思議な縁

 以前、筆者が池袋駅で自分の行き先を確認するために案内板を見ていたら、後ろから声をかけられ、道を聞かれた。当方も不案内なので、案内板を見ながら位置を確認しつつ、後ろを見ないままで「調べます」と返事をした。位置確認ができたので後ろを振り向いたら、驚いたことに外人であった。

 綺麗な日本語を話していたため、顔を見ないまま日本人であろうと思っていたので驚きつつ、話をすると、その人はアメリカ人であることが分かった。池袋駅周辺は複雑で分かりにくいため改札口まで案内したところ、別れ間際に名刺をいただいた。

 なんとサンフランシスコ芸術大学の教授であった。そして「今度、アメリカに来ることがあったらぜひ、連絡下さい……」といわれ、そのまま別れた。

 いただいた名刺は紙の代わりに白樺の木を薄く削ったものに印刷されたものであった。印象深い名刺だった。さすが芸術大学の教授だ、と思った。

 このようなことがあってしばらくすると、業務出張でアメリカに行く機会に恵まれることになった。

2.サンフランシスコで再会

  筆者が初めての海外出張で訪問したのはアメリカで、1979年の秋のことである。IPCサンフランシスコ大会に初めて参加しアメリカの進んでいる実装業界の実態を調査する、という目的の他に、多層板製造の多層プレスの納入時期を早めるための交渉も兼ね、さらに2つの関連企業を訪問する、という海外出張であった。

 個人での訪問で1973年に一度、サンフランシスコとロスアンゼルスを訪問した経験はあるものの、面識者はアメリカには誰もいなかった。その上、1人で行く海外出張であることもあって不安だった。

 そこで、アメリカに出発する前に、池袋で知り合ったあの教授に手紙で(当時は、FAXも電子メールも一般的ではなかった)、サンフランシスコに出張で行く機会ができたことと宿泊するホテル名を伝えていた。そして出発直前に、大歓迎であるという旨の手紙を事前に受け取っていた。3日間、IPCの会合でサンフランシスコに滞在することもあって、この期間に教授に会える機会ができると期待していたのはいうまでもない。名刺をいただいた縁である。

 宿泊先に着くと教授からそのホテルに連絡が入り、「車で迎えに行く」、という。そして招かれた自宅は、室内を自分で日本風にアレンジした家であった。これが縁となって、その後、サンフランシスコに訪問した時には何度か自宅に訪問することになり、悩み事の相談にも乗ってくれた。実に気さくな教授であった。

3.IPCのレセプション

  この出張の大きな目的は、IPCサンフランシスコ大会に参加して技術動向を調べるのはもちろん、多くの方と面識となる、ということもあった。

 IPCでは当時、外国人のためのインフォーマルなレセプションを催していた。当時のIPCの会長であったメトラー会長(Circuit Wise社長)の主催によって開催されたもので、遠いアジアからの参加者ということで筆者にもIPC事務局から声がかかった。

 他に日本人をもう1人を誘って、このインフォーマルなレセプションに参加した所、欧州からのゲストである東ドイツ人、イタリア人、イギリス人などが次から次へと遅れて参加してきた。日・独・伊の『枢軸国』と、英・米の『連合国』……という形でのユーモアある会話が続き、最後に入ってきたスイス人に「あんたは中立国なので、ここで仲裁しろ!」と声がかかった。そんなアメリカ人のユーモアも体験させてもらった。

写真1 IPCのレセプションで

  翌日の夜の正式なIPCのレセプション(写真1)では、多くのアメリカ人が夫婦で参加しており、奥さんも人脈づくりに協力していることが分かった。旦那が他の人と話していると、奥さんが名刺を受け取って、話を繋いでくれ、まさに夫婦で協力している現場をみることになった。そしてこのレセプションで面識となると、以後、工場見学などの依頼要請が簡単にできることであった。

 8年後に軍需工場も見学させて貰えたのも、この時に構築した人脈の成果であった。いうまでもなく、人脈を構築していると便利になる。私はこのIPC大会で面識となったアメリカ人を通じて、さらに欧州の関係者ともその後、面識となった。

 それから15年後、欧州に出張で訪問する機会があったが、この時も構築した人脈を使ったことでアポイントが簡単に取れた。その後、欧州のドイツにも駐在する機会にも恵まれ、さらに人脈構築の輪が広がっていった。

 

 

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