1.はじめに ~デザインプロセスの大変革のとき
米国リーマンブラザーズの破たんによって起こった100年に一度といわれる金融ショックで、2008年には2.2兆円もの営業利益を誇ったトヨタ自動車(株)は、2009年には4610億円の赤字になった。赤字は71年ぶりのことである。そして2011年3月11日の東日本大震災による営業損失は約1100億円。さらに、同年10月中旬のタイの洪水によるサプライチェーンの寸断で24万台の減産、となった。自然災害による影響はトヨタだけではなく、日本の製造業に大打撃を与えることとなり、これらの影響に伴い、トヨタグループ全体としても大変な減益になった。 近年の日本の製造業を取り巻く環境として、①円高、②高い法人税、③自由貿易協定の存在、④製造業への派遣禁止、⑤温室効果ガスの原因とされる二酸化炭素を2020年までに25%削減するという宣言、そして⑥震災の発生とそれに伴う電力不足の問題、という6重苦、プラス⑦日本政府の無能さ、が挙げられる。
こうした劣悪な環境が日本の製造業、特に家電・自動車産業の経営環境を悪化させている。
その分、製造業においては現場の生産性向上、リードタイムの削減、コストの低減、そして原価低減が徹底されている。たとえば、トヨタ自動車は、従来製の相対原価からグループ・他社を含めた絶対原価へと発想転換を行った。そのため、図1に示すように、2000年7月に新原価低減活動『CCC21(Construction of Cost Competitiveness for the 21st Century:コンストラクション・オブ・コスト・コンペティティブネス21)』をスタートさせ、173品目の部品単位で新基準を定め、3年間で『3割、1兆円の削減』を実施した。カローラの開発で確立した『EQ-y横展開』をすべての新車に適用し、大幅な削減を成功した。ここでの削減の基本方針は、従前の方法に固執しない新たな絶対原価の導入である。これに基づく設計、調達、生産を実現するために組織改革を断行し、IT(情報技術)をフルに駆使し、開発に伴うデジタルマニュファクチャリングの共通化など、部品メーカーと一緒になって抜本改革しつつ、最新テクノロジーであるデジタルマニュファクチャリング技術をグループで一体となって推進している。
図1 CCC21による:新原価低減活動
さて、2012年4月10日にトヨタ自動車が発表した『もっといい。づくり」2)における『Toyota New Global Architecture』(以下、TNGA)では、『走る』『曲がる』『止まる』といった運動性能はもちろんのこと、ドライビングポジションなどの人間工学やデザインの自由度を追求した新しいプラットフォームを開発し、世界の各地域で共用化することで、高い基本性能を備えた車を効率よく開発するとしている。さらに、『新型プラットフォームは、設計とデザインが協力してクルマの骨格改革に取り組むことで重心を低く構え、踏ん張り感あるスタイリングなど、これまでにないエモーショナルなデザインと優れたハンドリングのクルマの開発を可能とする』というように、設計主体の車づくりを打ち出し、デザイン部門が最上流というこれまでのものづくりの流れを変革する。そのために、『チーフエンジニア(以下、CE)の権限強化』『地域ニーズに沿ったいいクルマづくりに向けた体制改革』を実施する。
さらに、TNGAではデザイン体制の強化として、社内で車両デザインを評価・検討する『デザイン審査』への出席者を少人数に絞り込み、車両の開発責任者であるCE が主役となるプロセスを導入する。つまり、デザインのスタートからフィニッシュまで一貫したCEによる設計主体のクルマ造りを行うのである。具体的には、デザイン部門内での話し合いだけではなく、後工程の設計部門や海外のデザイン部門との密接なコミュニケーション行なう上で、CEによる設計主体の車づくり体制を、図2に示すように、従来のセンター制に分かれていた体制から、製品企画本部長直轄として意思決定を迅速化し、CEが顧客のことを考えながら、持続的・継続的に担当商品群をよくしていく組織としている。今回の発表には、『デジタル』云々という言葉は表に現れていないが、そのアナログ的な仕事内容・作業をデジタル化していくことが暗に秘められているのである。
図2 トヨタのTNGAの新組織
つまり、トヨタグループでは、日本に一極集中したデザイン部門における従来のモックアップなどの人手を要する労働集約型作業である『人間のアナログ情報主体の環境』から、全世界のデザインチームによる分散パラレル型作業が可能な『デジタル情報環境』にシフトすることが不可欠かつ急務となっている。人手・ものによるアナログ情報に頼っていては、世界席巻はおろか文化や習慣に左右される各地域のカスタマの心を瞬時に捕えることはのぞめないのである。
よって、上述したTNGAの発表にあるように、これまで特別扱いされてきたデザイン部にも変化が及んでいる。デザイン部においても国際競争に対応すべく、コスト低減、開発期間の短縮はより一層厳しい状況になっている。
- 会社名
- 武藤技術研究所、豊橋技術科学大学
- 所在地
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