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テクニカルレポート
2024.11.25
電子デバイス洗浄剤におけるSDGs -低リスク性能と洗浄性能の両立-
ゼストロンジャパン(株)
加納 裕也

③電子デバイス向け洗浄剤に求められる低リスク化

現代ではどのような点が電子デバイス洗浄に求められているのか、まずは低リスク化から確認していく。人的・環境保護の観点からも、いわゆる環境的にフレンドリーな特性はSDGsの多くの目標に関連しており、避けて議論することは不可能である。大きく分類すると、「VOC」と「毒性」の2項目で論じることができる。

 

3.1 VOC(揮発性有機化合物:Volatile Organic Compounds)(図5)

図5 VOCを起点とした大気汚染

 

これまで本誌で論じてきたように、日本における電子デバイス洗浄は「有機溶剤」を主体とした洗浄であり、仮に水系と呼称されていても成分としては有機溶剤が第一成分系となる仕様が多い(2024年1月号参照)。普及の理由は様々だが、多くは低価格であり蒸発速度が早く乾燥性に優れる点が挙げられ、蒸留再生を用いた連続的運用の効率化にも寄与してきた。

しかし、様々な技術が発展した現代においても、有機溶剤成分が気化し大気中に飛散してしまうと完全な回収は実質不可能であり、時として大気中の浮遊粒子状物質(SPM)※1の増加や光化学オキシダント※2の原因となりうる。排気中のVOC除去技術の1つの手法であるスクラバー(図6)の技術が発展・普及し、環境法制も強化され、VOC排出総量は大幅に低下してきているが、温暖化や紫外線量の増加※3を始めとする環境問題は年々深刻化しており、その懸念は完全にはなくなっていない。そういった事情もあり、海外ではVOCはますます厳しく制限されている。特に中国やアメリカ・カルフォルニア州でのVOC規制は大変厳しく、欧州に至ってはごくわずかな大気放出すらも容認しないような規定が設けられている。

図6 スクラバーの仕組み

 

※1.浮遊粒子状物質(SPM)

大気中に浮遊する粒子状物質のうち、粒径が10μm以下のものが対象となる。微小なため大気中に長期間滞留し、肺や気管などに沈着して、呼吸器に影響を及ぼす。一般的に総称されている「PM2.5」は2.5μm以下のSPMに特化している表記となる。

 

※2.光化学オキシダント

工場の煙や自動車の排気ガスなどに含まれている窒素酸化物(NOx)や炭化水素(HC)が、太陽からの紫外線を受けて光化学反応を起こし、オゾン、パーオキシアセチルナイトレート(PAN)が生成される現象。これらの物質からできたスモッグを光化学スモッグという。

 

※3.紫外線量の増加

つくばの地表に到達する紫外線量は1990年の観測開始以降増加しており、増加率は10年あたり+4.6%(33.4kJ/m2)となっている。他方で同地点のオゾン全量は、1990年代から2000年代前半にかけて緩やかに増加後、近年は大きな変化はみられていない。よって、紫外線量が増加傾向を示しているのは紫外線を散乱・吸収する大気中の微粒子などの影響が原因として推察される。

 

(注)紫外線量として紅斑紫外線量の年積算値を用いている。(気象庁HP令和6年3月28日更新記事を引用)

 

3.2 毒性の定義と厳格化

2023年4月1日より、自律的管理に関わる規則を中心に改定された「労働安全衛生法」が施行されており、リスクアセスメント対象物質が大幅に増加した。この法改正によって化学物質管理のあり方は厳格化され、毒性の強い物質(高リスクな物質)を取り扱うには設備・装備を整える必要が生じ、多くの企業はコストの観点からも毒性の低い物質(低リスクな物質)への転換を試みている。

これまで電子デバイスの洗浄にて使用されてきた溶剤系洗浄剤としては塩化メチレン、1‐ブロモプロパン※4を主軸としたハロゲン系洗浄剤、各種炭化水素が挙げられ、また水系洗浄剤としてはグリコールエーテル系を主軸としたものが主流となっていた。しかし、これら多くの洗浄剤はリスクアセスメント対象物質を含有しているため、作業上高リスクと判定された場合は、完全防護の上で作業を行う必要がある(図7)。水系洗浄剤も例外ではなく、汎用使用されている多くのグリコールエーテル系有機溶剤はリスクアセスメント対象物質に該当しているため、同様の対応が求められている。

図7 リスク別の保護具

 

※4. 1-ブロモプロパン

新たな規制では1-ブロモプロパンの濃度基準値が0.1ppm(8時間濃度)に設定されているが、実際は対応がかなり困難となっており、実質的な使用禁止に等しいとの見解もある。

8時間濃度基準値…1日の労働時間のうち、対象の化学物質に晒されている8時間において、化学物質の濃度を何度か測定し、各測定の測定時間を加重平均した値。

 

国際的な動きとしても、高リスクとなる毒性の強い物質の取り扱いは厳格化されてきている。その例をいくつか挙げる。

たとえば、1-ブロモプロパンは国内では洗浄剤として汎用使用されてきたが、アメリカでは2024年7月にアメリカ環境保護庁(EPA)が、消費者と労働者の健康を守るため有害物質規制法(TSCA)のもと、使用を禁止・制限すると発表した。したがって、今後はアメリカ国内での使用制限に加えて、関連諸国の市場にも大きな影響が出ると予想される。

また、日本ではオゾン層保護法により2019年末に製造が中止されたHCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)の代替として、様々なフッ素系洗浄剤が新たに開発されているが、欧州の化学物質管理規制であるREACH規則において、有機フッ素化合物(PFAS)を規制する提案が、2023年1月13日にデンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5つの当局から共同で欧州化学品庁(ECHA)に提出されている。自然分解しない安定的な化学物質に対する懸念から規制案は策定されており、欧州でも過去に例をみない最大級の化学物質管理規制になると推察される。対象となる物質は基本的に、「少なくとも1つの完全にフッ素化されたメチルまたはメチレン炭素原子(H ・ Cl ・ Br ・ I原子が結合していない)を含むフッ素化物質」となる見込みである。医療などの急速な代替が難しい分野への猶予期間は認められているものの、欧州では洗浄にハロゲン系洗浄剤が使えなくなってしまう日がいずれ訪れることもゼロとは言えない。実質的に完全EV化を断念したEU圏ではあるが、できる限り環境に配慮した形での生産活動を重視していく理念は不文律となっている。