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テクニカルレポート
2019.12.13
シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第12回)
海洋研究開発機構(その5)

 

 

5. 海洋変動が与える植物プランクトンサイズの多様性と生産力への影響

 

 

 JAMSTECは、ドイツのヘルムホルツセンターと共同で、新たに開発した植物プランクトンの連続サイズ分布モデルを用いて、北太平洋における「海洋環境変動」、植物プランクトンのサイズの「多様性」(図5に示すサイズや種)及び「生産力(炭素を合成する能力)」を3次元空間で同時に初めてシミュレーションすることに成功し、その複合的な関係性を明らかにした。

 

 

図5 植物プランクトンのサイズの多様性

 

 

 海洋では、「植物プランクトン⇒動物プランクトン⇒小さい魚⇒大きい魚」という食物連鎖が行われており、その底辺を支える植物プランクトンの多様性や生産力を調べることは重要であるが、これまでの研究は非常に限られている。

 2016年のJAMSTECの研究では、海洋中の場が乱れた環境では、植物プランクトン群集の多様性が高いほど生産力が高まり、安定した環境下では、群集の多様性が低いほど生産力が高くなることを明らかにした。

 しかし、本成果は仮想的な空間におけるモデル計算であり、近年問題視されている「海洋資源の保全と持続可能な利用」へ貢献するためには、現実の海洋をモデル化した3次元的な評価が不可欠であった。
 今回、新たに開発したモデルは、植物プランクトンのサイズの多様性を作り出すメカニズム(植物プランクトンの世代ごとの分裂や動物プランクトンによる捕食、海洋循環など)を考慮した。

 シミュレーションの結果、栄養塩濃度が高い北太平洋の亜寒帯域(変動が大きな海域)と、栄養塩濃度が低い北太平洋の亜熱帯域(穏やかな海域)では、2年前に理論上推定されたことが海洋環境を再現したシミュレーションでも実証された(図6)。

 

図6 北太平洋での植物プランクトンサイズの多様性が生産量と対応している

 

 

 また、海流や他の物理過程(混合など)により異なる海域間(亜寒帯域と亜熱帯域)の境目では、異なるプランクトンのサイズが混合することで、北太平洋の多くの海域で高い生産力を支える多様性レベルが維持できることを新たに明らかにした。

 暖流である黒潮と寒流である親潮がぶつかる海域が優れた漁場であることともよく一致している。
本研究で得られた重要な知見をもとに、生態系の適応能力を維持するためには、環境変動が緩やかな海域よりも、変動が大きな海域における生物多様性が失われないことが重要であることを示唆している(詳細については、http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20181018/)。

 

 

 

 


6. 海流変動とシラスウナギ

 

 

 日本のシラスウナギの漁獲量は、長期的に減少傾向が続いて社会問題となっている。

 JAMSTECでは、日本大学と共同で、海流予測モデル「JCOPE2」によって計算した過去の海流推定結果である海洋再解析データを用いて、過去20年(1993~2013年)にわたる海流変動は、日本付近に回遊してくるシラスウナギの数を継続的に減らすように働いていたことを示した。

 「JCOPE2」とは北西太平洋の黒潮・黒潮続流、親潮、中規模渦などの変動を見るために、JAMSTECで開発した海流予測モデルである。

 「JCOPE2」は、漁海況予報に関する研究や、各種海洋産業や公的機関を対象とした情報コンサルティング事業に活用され、船舶の燃費節減や黒潮大蛇行の予測に使われるなど、研究成果を社会へ還元する先駆的な実績を上げてきた。
 ニホンウナギの産卵域はマリアナ諸島西方の海山域であることが発見され、そこで生まれた仔稚魚は北赤道海流にのって西向きに進み、さらにフィリピンの東で黒潮にのりかえ、日本や台湾にやって来る。

 そこで、マリアナ諸島近海で毎年一定の仔稚魚が発生すると仮定し、仔稚魚を仮想的な粒子に見立て、これが「JCOPE2」によって計算した海流(海洋再解析データ)に流されつつ乱流的に拡散するモデル(粒子追跡モデル)とし、また、仔稚魚は遊泳力をもっているのでその効果もとりいれ、仔稚魚のふるまいを表現する数理モデルをつくり数値実験を行ったところ、日本付近に流れ着くシラスウナギの量は、実際の漁獲量推移と同様に減少傾向を示した。

 これは、北赤道海流を駆動する海上風の変動に起因し、日本へ向かう海流が弱まったことが原因であると考えられる。

 また、他の研究によって、年々の変動は、北赤道海流が存在する緯度の南北移動が加入量の変動に影響を与えることや東シナ海の黒潮流速が遅くなっていることも示されており、物理的にみて仔稚魚が日本や台湾に来遊しにくい傾向になっていると解釈された(図7)。

 

 


図7 ウナギの仔稚魚の日本への回帰:2004年、2017年には黒潮大蛇行が発生。2009年、黒潮は日本南岸で接岸流路をとっていた。2004年には北赤道海流は北偏し、2009年、2017年には北赤道海流は南偏していた(資料はJAMSTEC提供。数値は筆者が記入した)

 

 

 今後は、餌となるプランクトン量や産卵量といった別のパラメータをモデルに加えることを検討し、モデルの精度を高めていく予定である(詳細については、http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20180412/)。

 

 

 

 


7. 月は地球のマグマからできた。

 

 

 JAMSTECでは、これまで紹介した話題とは全く異なる「月はどうしてできたか」と言う面白い研究が行われているので、最後に紹介しよう。
 現在の地球と月は、46億年前に起きた火星程度の大きさの星が地球と衝突してできたと言う「巨大衝突仮説」という現象によって作られたと考えられてきたが、アポロ計画で月から持ち帰った岩石に含まれる様々な元素の同位体比測定結果は、巨大衝突仮説に基づく従来のコンピュータシミュレーションの結果と矛盾することが指摘されていた。

 JAMSTECでは、従来の標準的な巨大衝突仮説に基づくモデルを改良し、原始地球にマグマオーシャンがあったという仮定の下、巨大衝突のコンピュータシミュレーションを世界で初めて行った。

 マグマオーシャンとは、現在の地球は水の海で覆われているが、46億年前には溶けた岩石の海があったというものである。

 この仮定の下でコンピュータシミュレーションを行い、マグマオーシャンが月の形成に大きく寄与することで地球と月の同位体比問題が解決される可能性があることを示唆した。

 図8は、JAMSTECの記述を元に、筆者が勝手に想像した月生成のストーリーである(詳細については、https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190510/)。

 

図8 筆者が想像して図化した月の生成

 

 

 

 


8. まとめ

 

 

 5回にわたってJAMSTECの研究内容を紹介した。

取材する前は、深海の調査などが主なテーマかと軽く考えていたが、とんでもない

 紹介できなかった研究も多数あって、実に広範囲な研究をされているのに驚いた。

 興味のある方は、JAMSTECのホームページ(https://www.jamstec.go.jp/j)を開いてみることをおすすめする。

 

 

 

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Gichoビジネスコミュニケーションズ株式会社
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