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テクニカルレポート
2024.09.02
岩手地域における 「分子接合技術」の開発動向と今後の展開
岩手大学
名誉教授 藤代博之

⑤PJ2:高速伝送材料・高信頼性封止材料、 接合技術の開発(大石プロジェクト)の全体概要

Beyond 5G用の超高周波回路において、発熱による電気信号エネルギーの損失が少ないパッケージ基板やビルドアップ基板、フレキシブル基板等の高速伝送プリント配線基板を実現するためには、低比誘電率・低誘電正接特性を有し、接着性や耐熱性、難燃性を併せもつ樹脂材料の開発が必要である。また、EV用のパワーデバイス等で求められる高性能の封止材料や高耐熱・高接着・高分散性材料の開発も求められている。

図3にPJ2(高速伝送・高信頼性接合技術の開発)の全体概要を示す。岩手大学では平成2年(1990年)より、トリアジン骨格をもった樹脂の合成研究を実施している。トリアジン骨格構造は凝集力や複合化に優れており、その機能をもった特殊樹脂の開発が可能である。高速伝送材料・接合技術の開発では、低誘電損失材料の開発設計指針に従って、低誘電特性が期待されるフッ素系樹脂とトリアジン系樹脂に焦点を絞り、様々な樹脂の分子設計と簡便な合成方法を確立した。その結果、耐熱性や凝集力、接着力に優れたトリアジン骨格とフッ素原子団を活用した特殊樹脂合成技術により、耐熱性が高く、低比誘電率・低誘電正接でかつ導体との密着力に優れた樹脂をシリーズで開発してきた。比誘電率(Dk)<2.5、誘電正接(Df)<0.002、ガラス転移温度(Tg)>260℃の数値目標を基本樹脂5種にて達成し、特許出願済みである。また、多くの企業との共同研究や評価試験を実施しており、実用化や製品化に向けた研究を展開している。

図3 PJ2(高速伝送・高信頼性接合技術の開発)の全体概要

 

図4にPJ2の成果、技術、今後の展開を示す。低誘電性と耐熱性等の特性を併せて有するフッ素系ポリイミド(F-PI)、フッ素系ポリエーテル(F-PE)、トリアジン系ポリエーテル(T-PE)等の低誘電樹脂材料をシリーズで合成した。これらについて、高速伝送用の平滑な微細配線めっきが可能であることを確認した。また、半導体の封止や高熱伝導性を目的に接着性、分散性を向上させたトリアジン系ポリアミン樹脂を開発した。合成した樹脂は他の低誘電材料に比較しても劣らない低誘電特性を有し、併せて高い耐熱性を有している。

図4 PJ2(高速伝送・高信頼性接合技術の開発)の成果、特徴的技術と今後の展開

 

i-SB法Rと組み合わせたF-PIの低伝送損失特性は、市販の液晶ポリマー(LCP)のフレキシブル銅張積層基板(FCCL)よりも優れた特性を有している。高信頼性材料・接合技術の開発では、パワーモジュール用高耐熱性樹脂材料を開発し、トリアジン系シアナート樹脂、トリアジン系プロパルギル樹脂でガラス転移温度(Tg)>250℃、熱分解温度(Td)> 400℃の数値目標を達成した。また、アミン系樹脂については半導体パッケージやパワー半導体向けの接着・複合化材料、ボンディングシート、熱伝導材料への展開を今後図る予定である。

さらに、岩手大学オリジナルのPJ1とPJ2で開発された技術を融合することで、平滑な低誘電樹脂(比誘電率:Dk=2.2〜2.5、誘電正接:Df=0.001〜0.004)上に高強度な分子接合による微細なめっき配線が可能になり、次世代高速通信用基板製造技術が飛躍的に向上し、この分野で世界をリードできると考えている。

5年間の本事業では、事業開始前の関連する特許群(6件)を強化拡大させるため、得られた研究成果の特許出願(一部は国際特許出願、台湾出願)を行った。その結果、出願件数は共同研究先企業との共同出願を含め特許ファミリー単位で計32件となり、2024年2月現在、国内で10件、米国、欧州各国、中国等で多数の特許権を取得している。

また本事業では、上記のPJ1、PJ2の「事業化プロジェクト」の他に、「基盤構築プロジェクト」として次世代プロジェクトと人材育成事業を実施した。次世代プロジェクトでは、次の岩手におけるイノベーション・エコシステム形成の核となる2つの研究を実施した。また人材育成事業では、i-SBR技術の普及講習会や次世代事業プロデュース人材育成のためのワークショップを開催した。

 

⑥「分子接合技術研究センター」の設置と「i-SB事業化プラットフォーム」の構築によるエコシステムの拠点化

岩手大学では2021年7月に、2030年に向けた将来ビジョンを示した「岩手大学ビジョン2030」の中で、「分子接合技術(i-SB法R)」をその代表的な研究テーマとして重点化している。このような背景と本事業終了後の継続的な研究推進のため、2022年4月に「岩手大学分子接合技術研究センター」が設立され2)、本事業の知財を活用した共同研究や実用化研究を進めるとともに、i-SBR技術の新たな研究開発を推進している。

また岩手大学と岩手県が運営主体となり、地域イノベーション・エコシステムの形成を目指して「i-SB事業化プラットフォーム」を2023年12月に設立した3)。このプラットフォームは、本事業の成果を核に岩手大学分子接合技術研究センターと岩手県工業技術センターが、i-SB法Rの高周波・高速伝送を目指したエレクトロニクス実装分野への新技術開発と事業化を重点的に進めるが、この分野での事業化や県内企業への技術展開のみならず、地域の強み・資源である他の分野(例えば、自動車、ヘルスケア、環境エネルギーなど)へのi-SB法Rの普及や応用展開、さらには関連企業誘致をめざして、講演会・シンポジウム、技術講習会・技術相談会の開催、関連機器利用の促進などを継続的に行う計画である。

 

⑦まとめ

令和5年度末に本事業の最終評価が実施され、「A」評価(S、A、B、Cの4段階中)を頂いた。本事業で求められていることは、「事業化」と「エコシステムの形成」であった。「エコシステムの形成」については、「i-SB事業化プラットフォーム」の活動がスタートしエコシステムが回り始めた。「事業化」については、本事業で達成した技術水準は今後数年以内の市場が求めているレベルに達しているが、Beyond 5Gに向けた高速通信市場の動きが2〜3年程度遅れているのが現状である。しかし、ネットワークのデータセンターのサーバーにおける高速化と需要は着実に進んでおり、岩手地域でも市場が本格的に動き出す時期に備えて今後も継続して研究開発を進め、信頼性、再現性、コスト等の評価と更なる技術レベルの向上を目指した研究開発を推進している。

 

最後に、本事業の実施にあたり、ご支援頂いた文部科学省科学技術・学術政策局産業連携・地域振興課拠点形成・地域振興室の皆様に感謝申し上げる。

 

<参考資料>

1)「地域イノベーションエコシステム形成プログラム」 

【岩手地域】成果報告書

https://www.ccrd.iwate-u.ac.jp/wp-content/uploads/2024/03/地域イノベーションエコシステム活動報告書.pdf

2)岩手大学分子接合技術研究センター

https://www.iwate-u.ac.jp/academics/facility/mbt.html

3)i-SB事業化プラットフォーム

https://i-sb.ccrd.iwate-u.ac.jp

 

【問い合わせ・連絡先】

岩手大学研究支援・産学連携センター

 (Email:isb-office@iwate-u.ac.jp

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