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テクニカルレポート
2024.09.02
岩手地域における 「分子接合技術」の開発動向と今後の展開
岩手大学
名誉教授 藤代博之

①はじめに

最近の産業界、経済界のニュースに、半導体に関連する国内外の記事が一般紙にも毎日のように掲載されている。これまでの半導体市場はPC、家電、スマホ等が中心だったが、今や大規模データセンターの新増設に加え、車載(自動運転、EV、AI)、産業機械(IoT、ロボテックス)やスマート家電等のデバイスが需要の急速な拡大を牽引する事は必須である。その中で半導体デバイスを搭載・配線するパッケージ基板の高性能化、超高速伝送や電力損失低減のための低誘電損失樹脂の需要、EV用パワー半導体のための耐熱樹脂や高熱伝導率樹脂の需要が今後拡大すると考えられる。半導体製造の後工程(集積・実装)分野は素材・製造装置ともに日本メーカーが高い技術とシェアを有しており、サプライチェーン強靱化や経済安全保障上の意味でもこれらの技術分野は非常に重要である。

岩手大学は岩手県及び岩手県工業技術センターと共同で、令和元年(2019年)度から令和5年(2023年)度の5年間、文部科学省「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」に「岩手から世界へ 〜次世代分子接合技術によるエレクトロニクス実装分野への応用展開〜」の補助事業(以下、本事業という)を実施した。本事業では、岩手大学オリジナルの技術である「分子接合技術」を今後の半導体産業を支えるエレクトロニクス実装分野への事業展開を目指した研究開発を実施した。筆者は本事業の事業プロデューサーを務めた立場から、本事業で得られた研究成果1)を中心に岩手地域の「分子接合技術」の研究開発動向と今後の展開について解説する。

 

②分子接合技術に対する岩手大学・岩手県での取組の変遷

岩手県にはかつて東洋一と呼ばれた硫黄(いおう)鉱山(松尾鉱山:昭和44年(1969年)閉山)があり、硫黄という地域資源の活用を目指し、昭和34年(1959年)に岩手大学工学部に応用化学科が設立された。そこで中村儀郎教授を中心に開発したのがトリアジンチオール化合物である。その後、森 邦夫教授が研究を発展させ、トリアジンチオールを応用した直接加硫接着、めっき前処理、金型離型、薄膜電気部品、撥水コートなどの研究開発が行われてきた。さらに、本事業の中心研究者である大石好行教授と平原英俊教授が関連分野の研究を継続して発展させてきた。

この中で岩手大学、岩手県及び岩手県工業技術センターは、平成5年(1993年)の科学技術庁:生活・地域流動研究「トリアジンチオールのスーパーファイン化に関する研究開発」に始まり、現在まで多くの研究開発費が文部省(現:文部科学省)、経済産業省、科学技術振興機構(JST)等から採択され、基礎研究及び実用化研究を推進してきた。平成19年(2007年)には、森教授が岩手大学発ベンチャー「(株)いおう化学研究所」を設立し、分子接合技術の新しい価値を現在も提供している。平成26年(2014年)には、内閣府:戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的設計生産技術 −分子接合技術による革新的ものづくり製造技術の研究開発−」(代表:平原教授)が採択されて研究を実施し、本事業の基礎が確立された。このように、トリアジンチオールに始まる一連の研究は約60年間、4人の教授が脈々と継続・発展させてきた結果である。同じ分野の特徴ある研究を長年にわたって維持し発展させることは、現在ではたとえ大きな大学でも難しい状況の中で、岩手大学のトリアジンチオール研究の展開は地方大学としても特筆すべき事である。

 

③地域イノベーションエコシステム形成プログラム事業(令和1〜5年度)の概要

本事業は、岩手大学発のオリジナル技術である「分子接合技術(i-SB法R)」と「特殊トリアジン樹脂精密合成技術」をコア技術として、(株)いおう化学研究所とも連携し、岩手県にこの分野の持続可能なイノベーション・エコシステムを形成する事を目指した。事業の中で、「分子接合技術(i-SB法R)」を深化させるプロジェクト1(PJ1)と、「特殊トリアジン樹脂精密合成技術」を深化させるプロジェクト2(PJ2)という2つの事業化プロジェクトを推進することで、半導体から電子製品までのエレクトロニクス実装分野において、「材料と材料とをつなぐ技術」を根本的に変え、プロセスとプロダクトのイノベーションにより、世界を変える技術の応用展開を図ることを目標にした。分子接合技術(i-SB法R)とは、分子接合剤を用いて材質の異なる2つの材料を化学結合によって強固に接合する技術である。特に、本事業で開発した「光反応性分子接合剤」は優れた特徴や優位性が有り、接合する材料により分子接合剤及び接合プロセスは最適化され、i-SB法Rによる微細なパターンめっき配線形成において、エッチングやフォトリソグラフィ工程が不要になる簡素化の可能性を秘めている。

 

 PJ1:微細配線・3次元配線技術の開発(平原プロジェクト)の概要

次世代高速通信やIoTの分野では、高機能で多様なシステムに対応するために様々な半導体、及び受動部品をフレキシブルに組み合わせ、短期間での立ち上げや市場投入が必要になってきている。加えて、SiP(System in Package)への要求も高まっている。SiPには限られた面積、体積に電子部品を詰め込むため、小型化、多チャンネル配線が必要になり、強度のある微細配線や3次元配線技術が必要である。通常、微細配線は真空装置を用いた蒸着やスパッタリング(ドライプロセス)を用いて形成するが、装置の価格が高額であることや、高アスペクト比の配線が困難などの課題がある。本プロジェクトでは分子接合技術を用いて、接合やめっきが困難なフッ素樹脂などの平滑な低誘電樹脂材料と銅めっき等による導体配線との高密着力を発現する接合技術(ウエットプロセス)を開発した。さらに3次元形状樹脂基板へのダイレクトパターンニング配線技術と微細配線技術を開発した。Beyond 5Gや6Gで課題となっている超高周波領域での伝送ロスを低減した回路配線基板を製造できるようにSiPや成形回路部品(MID)、高速伝送プリント配線板等の製品への展開を目指して研究を推進してきた。

図1にPJ1(微細配線・3次元回線技術の開発)における研究開発の概要を示す。分子接合技術によってBeyond 5Gや6Gで求められる低誘電材料への平滑なめっき配線技術を開発した。異種材料の表面界面制御技術は、分子接合メカニズムの解明や接合の強度と信頼性を高めるために重要であり、AFMとFT-IRを複合化した分析装置(AFM-nanoIR)や、AFMと局所熱分析を複合化した分析装置(AFM-nanoTA)等を用いて、ナノオーダーレベルで接合界面の局所分析を行い、表面及び接合界面状態解析から接合メカニズムを明らかにしてきた。これらの技術のブランド化を目指して、岩手大学発の分子接合剤を用いる異種材料の接合プロセスの総称をi-SB法Rと名付けた(商標登録第6553738号)。

図1 PJ1(微細配線・3次元回線技術の開発)の研究開発の概要

 

また、光・熱活性型反応性官能基(ジアゾメチル基、ジアジリン基など)と反応性官能基(アルコキシシル基など)をトリアジン骨格で連結した新たな光反応性分子接合剤を複数開発した。樹脂基板の違いにより、最適な分子接合剤の種類やプロセスが異なる事が明らかになった。本事業で新規に開発した分子接合剤は、365nmの紫外光で光反応が可能であるため、有機基板へのダメージが少なくLEDランプの使用も可能であるという利点がある。

3次元配線技術開発は岩手県工業技術センターが実施し、様々な3次元形状の耐熱材料(PPS樹脂等)や透明材料(PC、PS樹脂等)へ光反応性分子接合剤を塗布した上に紫外光を用いてダイレクトパターニングを行い、L/S=50/100μm、剥離強度0.5kN/mや耐熱性(260℃、5分間膨れなし)の数値目標をクリアした。また、光反応で基板と分子接合剤が化学結合することから、各種の樹脂成形品へマスクレス・ダイレクトパターンニング(直接描画)を可能とする装置を独自に開発し、その技術検証を行った。

図2に低誘電材料へのめっき配線技術開発の概要を示す。分子接合技術(i-SB法R)を用いることで、ガラスやシリコンウェハ、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)や液晶ポリマー(LCP)をはじめとする低誘電材料等の基板に対して、表面を粗化すること無く平滑面上にL/S=2/2μmで0.8kN/m以上の剥離強度を有し、伝送損失を低減できるめっき膜の形成技術と金属箔との接着技術を確立した。i-SB法Rで銅めっきして作製した基板は、市販のフレキシブル銅張基板よりも高周波伝送損失が低減されることを確認した。さらに、今後の量産化に向けて、ロール to ロールのi-SBRめっき装置の開発も行った。現在も多くの企業との共同研究や評価試験を実施しているが、今後も半導体パッケージに用いられる再配線層やビルドアップ基板に用いられる層間絶縁材料等への微細配線の展開を目指す予定である。

図2 PJ1(微細配線・3次元回線技術の開発)の成果、特徴的技術と今後の展開

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岩手大学
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