ルネサスエレクトロニクス(株)では、数十Vから1800Vまでの幅広い耐圧のパワーデバイスを開発・製品化しており、本稿では特に、150V以上の高耐圧パワーデバイスについて、その最新の取り組み状況をご紹介させていただく。
スーパージャンクションMOS-FET(SJ-MOS-FET)
これまで、400Vクラス以上の高耐圧に対応したスイッチングデバイスとしてはIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が一般的に利用されてきたが、近年、待機電力削減や電力変換効率の改善による省電力化のニーズの高まりとともに、PDPやLCDなどの薄型TV、通信基地局、太陽光発電などの電源回路において高効率のパワーMOS-FETが求められている。
また、今後、中国、アジア市場でのインバータ家電の急速な普及が予測され、高耐圧で高効率なMOS-FETの利便性は益々高まると考えられている。ところが、プレーナ構造と呼ばれる従来のパワーMOS-FETでは、オン抵抗とデバイスの耐圧はトレードオフの関係にあり、高効率のためにオン抵抗を下げようとすると高耐圧化に限界が生じてしまう課題があった。この問題を解決するため、最近ではN型基板上のドリフト層に不純物濃度の低いN型領域とP型領域を交互にカラム状に形成することで、耐圧を維持しつつオン抵抗を下げることができるスーパージャンクション(Super Junction。以下、SJ)構造を採用したパワーMOS-FETが主流となりつつある。
現在のSJ構造のパワーMOS-FETの多くは、多段エピタキシャル成長方式によって製造されている。同方式は、N型基板にエピタキシャル成長によるN型領域と不純物導入によるP型領域からなる層を繰り返し形成することで、高耐圧に必要となる層厚まで積み上げていく手法である。しかし、同方式はエピタキシャル成長のスループットが低く、製造工程が複雑であるため、生産性の向上や低コスト化が困難であるといった課題があった。
そこで、当社は多段エピタキシャル成長方式の課題を克服する手法として、深溝トレンチ方式によってSJ構造を実現し、高精度かつ高スループットの製造技術によって超低オン抵抗の600VパワーMOS-FETを製品化することに成功した。深溝トレンチ方式は、不純物濃度の低いN型層に溝をエッチングによって掘り込み、P型領域を形成する手法である。この方式により、カラムの微細化によってオン抵抗の性能改善が可能になり、スループットが高まることで生産性が向上し、さらなるコスト低減が見込めるようになった(図1)。
図1 SJ構造の製造方式の違い
この深溝トレンチ方式で開発したSJ-MOS-FETは、①従来製品と比較して約52%減となる150mΩ(ID=10A、VGSS=10V時の標準値)のオン抵抗を有しており、②スイッチング速度に影響するパワーMOS-FET駆動容量(Qgd)を従来比で約80%減となる6nC(ID=10A、VGSS=10V時の標準値)を実現しており、セットの小型化や電力変換効率の向上に貢献する。さらに、パワーMOS-FETの性能指標とされる(Ron x Qgd)においては、従来比で90%もの改善を実現しており、業界トップクラスの性能を有している。
図2 性能指標(RonxQgd)における競合他社との比較
そして、従来と同等の外形を採用し、ピン配置も業界標準を採用することで、従来のプレーナ構造MOS-FETが使用されていたスイッチング電源回路での使用が可能であり、また、従来と比べて単位面積あたりのオン抵抗を約80%低減しているため、同等のオン抵抗品と比べてチップ面積を低減でき、TO-3Pを使用していた製品をTO-220FLなどの小型パッケージに置き換えることが可能である。
当社では、深溝トレンチ方式をさらに進化させ、本方式でのSJ-MOS-FETの開発を加速、また、600Vを超える高耐圧SJ-MOS-FETの開発なども進めていく計画である(図2)。
高速FRD内蔵タイプSJ-MOS-FET
図3 高速FRD内蔵版と従来品との逆回復特性の差異
従来、エアコンなどに搭載される高電圧の高速モータ、インバータでは、逆回復時間の短いFRDを内蔵したIGBTが主に使用されていたが、より高速な制御による低損失化と安定動作というニーズに対応するため、損失(オン抵抗)が少ないSJ-MOS-FETで、かつ高速の逆回復時間(trr)を実現した高速FRD内蔵製品が求められていた。 そこで、当社では、これまでの高耐圧MOS-FETでの技術開発のノウハウを生かし、高速FRD内蔵版のSJ-MOS-FETを開発、製品化した。
これらの製品は、①業界最小レベルのオン抵抗150mΩ(標準値)を維持、機器の省電力化に貢献しつつ、②高速モータやインバータ制御機器向けにFRD仕様の最適化を行い、ダイオードの逆回復時間(trr)を当社従来品のSJ-MOS-FETの約3分の1である150nsまで高速化している。
さらに、表面構造の最適化によるゲートードレイン容量(Crss)の最適化を行い、高速スイッチングと共にスイッチング時におけるリンギングなどの誤動作を防止しており、高速モータやインバータ制御機器に多く使用される3相ブリッジ回路などの低損失化と安定動作の両立に貢献する(図3)。
- 会社名
- ルネサス エレクトロニクス(株)
- 所在地
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