1. はじめに
前回は、フレキシブルなオプティカル回路を作る上での前提となる、透明なベース材料や透明な電極材料について紹介をした。
今回は具体的なオプティカルデバイスの例として、フレキシブルなEL発光デバイスについて、その構成や加工プロセスについて紹介していくことにする。
現在、EL発光体というと、有機ELが話題になることが多いが、ここでは、デバイスの構造が、より単純になる無機ELについて説明していく。
2. 無機ELの基本構成
図1に示したのは、無機のフレキシブルEL発光体の積層構造である。
図1 厚膜印刷で形成するフレキシブル無機EL素子
まず、透明なフレキシブル基材があり、この上に透明な導体で電極が形成されている。
基材としてよく使われているのは、汎用品のPETフィルムである。
これが下部電極となる。
その上にEL発光層と電荷受容層が全面に形成されている。
さらに、上部電極がパタン印刷される。
最後に、絶縁保護層をかけて完成となる。
この構成では、光は下部電極とベースフィルムを通して外部に出るので、両層は透明でなければならない。
一方で、上部電極と保護絶縁層は、必ずしも透明である必然性はない。
製造のプロセスフローは図2のようになる。
図2 厚膜印刷による無機EL発光体の加工プロセスフロー
主要なプロセスといえば、スクリーン印刷と、乾燥焼成だけで、量が少なければ、印刷機と熱オーブンだけで、極めて簡素なものである。
しかし、この厚膜印刷と熱処理のプロセスを繰り返すだけで、さまざまなEL発光デバイスを作ることができる。
下部電極を印刷形成する代わりに、市販のITOフィルムを使えば、工程はさらに簡素になる(図3、図4)。
図3 ITOフィルム上に厚膜印刷で形成するフレキシブル無機EL素子
図4 厚膜印刷による無機EL発光体の加工プロセスフロー
市販のITOフィルムと呼んでいるのは、少し厚めのPETフィルムに、スパッタリングなどで、薄いITOの皮膜を形成したもので、透明であると同時に、表面には導電性がある。
市販のITOフィルムを下部電極として使えば、プロセスはさらに簡略化される。
ただし、ITO薄膜のパタン加工には、特殊なプロセス技術が必要なので、むしろ、ITO層には手を加えずに残し、上部電極の方にパタン加工を施こすことで、フレキシブルなEL発光体を作ることができる。
この場合、上部電極が透明である必要性はない。
フレキシブルEL発光体モジュールとしては、この後外形加工などの付加プロセスを行い、最終的に電源に繋いで、完成となる。
ちなみに、電源としては、交流が使われる。
図5に示したのは、PETフィルム上に形成した無機EL発光体の実施例である。
図5 フレキシブルな印刷ELの面状発光体
この構成は、印刷に使うスクリーン版が使えるのであれば、いくらでも大きなフレキシブル発光体シートを作ることができる。
A2、B2ぐらいのサイズであれば、RTRでの量産も十分可能である。
一方、市販されている無機EL発光体インクに使われている発光体の粒径分布はかなり幅が広く、0.2~0.3mmぐらいの不均一な点が、出てしまう。
それでも、現実的な製造コストを考えると、メートルクラスの大型面状発光体としては十分使えるであろう。
下部電極としてITOフィルムを使用した場合に懸念されるのは、耐屈曲性である。
さすがに、180°曲げを行えば、ITO層にクラックを生じ、やがて断線に至るが、図6に示されているように、半径10mm程度の曲率をとってやれば、百万回クラスの屈曲や摺動に、十分耐える能力を持っている。
図6 繰り返し摺動が可能なフレキシブルEL面状発光体
3. フレキシブルディスプレイへの道
上に説明した無機フレキシブルELでは、下面から光を発するので、基材となるベースシートと、下部電極は透明であることが必要条件であった。
しかし、今後の用途展開を考えると、上面から光を発する構成も必要になって来ることが予想される。
それでも、現在利用可能な厚膜印刷技術、インク材料を駆使すれば、十分実現可能な範囲にあるといえる。
ただし、図7に示されているように、上部電極や絶縁保護層は透明で、かつ均一であることが必要である。
図7 厚膜印刷で不透明基材の上に形成するフレキシブル無機EL素子
さらに一歩進んで、フレキシブルなELディスプレイを厚膜印刷プロセスで作るとなると、どうであろうか。
ディスプレイを構成する最低限度の条件としては発光体をパタン化するか、ドットマトリックスになっていることである。
上に 述べてきたように、厚膜印刷技術を駆使すれば、発光体のパタン化は容易である。
要は、印刷用のスクリーン版の分解能と、インクの微細パタン対応能力が決め手になる。
スクリーン版の分解能は、この十年間で改良が進み、30ミクロンのL/Sが量産レベルで使えるようになっている。
一方、無機EL発光体の粒径は一桁大きく、現状では0.2~0.3mmぐらいが限界である。
つまり、現状では、0.3mmぐらいの線を描くのが限界ということになる。
それでも、図8に示されている程度の文字の表示ぐらいは十分可能である。
図8 フレキシブルな印刷ELのパタン発光例
大型のサイネージなどには十分使えるであろう。
厚膜印刷で使える発光体インクとしては、多色化が進んでいる。
三原色のインクがそろっていれば、原理的にはフルカラーを出せるはずであるが、現状では十分な多色の発色はできておらず、目的に応じてインクを使い分けしているようである(図9、図10)。
図9 フレキシブル・ELカラーディスプレイ(モノクロではわかりにくいが、3色の発光がある)
図10 スクリーン印刷で形成した無機ELドットマトリックス。長方形が電極、白い四角は発光状態にある
無機ELの実用化を考える上で問題になっているのが、発光デバイスの寿命である。
これまでに作られている無機EL発光体の寿命は、標準環境下で数千時間であり、汎用表示デバイスとしては、少し物足りないレベルである。
無機ELの寿命は、インクの性能によるといわれており、今後、発光デバイスの寿命を伸ばすことができるインクの実現を期待したい。
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■コラム 日本のディスプレイ産業
1980年代から90年代にかけて、紛れもなく日本の 民生エレクトロニクス産業は、世界をリードしていた。
テレビを含むオーディを始めとして、携帯電話などの通信機器、パーソナルコンピュータや周辺機器、半導体や電子部品などの分野で、主要メーカーといえば、必ず日本メーカーが、名を連ねていた。
事実、新しい製品や技術といえば、日本の主要エレクトロニクス企業によって牽引されていた。
それが、21世紀に入ると、まるで潮目が変わったように、日本メーカーの勢いは失われていった。
(この後に、テレビの薄型化、液晶化が進み、日本メーカーは完全に置いていかれることになってしまった。)代わって台頭してきたのが、韓国と台湾のメーカーである。
特に韓国のサムソン電子とLG電子の勢いには目を見張るものがあった。
現在、米国の家電量販店の薄型テレビのコーナーを見てみると、売り場の3分の2以上は韓国の2社の製品で占められ残りを、台湾、中国、米国のメーカーが占めている。
ただし、これらのメーカーはブランドとしては残っているものの、実際に製造しているのは中国メーカーである。
大型テレビに使われる液晶パネル、有機ELパネルも、現在主導権は、完全に韓国メーカーに握られていると言って良い状況である。
このような市場の急激な動きに、日本のパネルメーカーは対応が遅れてしまい、業界全体が総崩れとなり、事業閉鎖、売却が相次ぎ、この分野での復活はありえないところまで追い詰められている。
これは、もう個々の企業の技術レベルの問題ではなく、国家的な事業戦略に関わる問題である。
これは、ディスプレイに限ったことではないが、一つのまとまったエレクトロニクス製品が実用化されるためには、素材から始まって、部品、回路、モジュールなどの他に、総合的にまとめるリーダーシップが必要である。
もう落ちるところまで落ちてしまった日本のエレクトロニクス産業にとっては、過去の栄光を追う、ない物ねだりに過ぎないのであろうか。
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4. 有機ELの厚膜印刷
無機ELが厚膜印刷プロセスで加工ができるのであれば、次世代ディスプレイの代表格である、有機ELも厚膜印刷で、パタン形成できないかと考えるのが人情である。
何社かの材料メーカーが、実用的な有機ELインクの開発に取り組んでいるとつたえられているが、いまだに、商品化までには至っていないようである。
残念ながら、これらのインクメーカーが、技術の詳細をほとんど明かしていないために、実情は不明である。
一般的に無機化合物は分子構造が簡単であるのに対して、有機化合物は、複雑である。
特に環状構造(いわゆる亀の子構造)断片的な情報から、類推したのが、図11に示したような構造で、無機ELと大差はない。
図11 印刷で形成するフレキシブルOLEDの層構成
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■コラム 蛍光と燐(リン)光の違い
筆者がまだ学生だった頃、研究室の勉強会で、物質の発光現象について討論していた時に、教授から、蛍光と燐光との違いについて説明するようにとの課題が出された。
筆者は、百科事典や物理の教科書などで、調べてみたが、いまひとつ 明確な説明をしているものがなかった。
広辞苑では、蛍光、燐光とも明確な定義はなく、「ルミネッセンス」の項を参照のことと、厳密な定義から逃げている。
そこで、「ルミネッセンス」の項をみると、「物質が、外部からの光、熱、X線、紫外線、赤外線などを受けて光を発する現象。
刺激を加えた時のみ光を発するのが蛍光で、その後まで発光の続くのを燐光という。」と説明している。
今ひとつピンと来ない定義であるが、次回の勉強会で、そのような内容をまとめて発表したところ、教授から、ひどくお小言をもらうことになってしまった。
曰く、文学部の勉強会ならいざ知らず、物理や化学を専門にする研究者の説明としては、あまりに幼稚であるというのである。
筆者には、もう一回のチャンスが与えられ、調べなおした上で、発表することになった。
しかし、学友や先輩に聞いてみても、これといった明確な説明を得ることもできなかった。
途方に暮れた筆者は、街の大型書店の専門書コーナーで、あまり期待もせずに、書架を眺めていたところ、なんとそこに、「蛍光とリン光」という単行本があるではないか。
専門書なので、けっこう値は張り、3000円近かったと思う。これは当時の貧乏学生にとっては、かなりの金額である。
しばらく、その本を手に取っては、書架に戻し、また取ってページを繰ることを繰り返して悩んだあげく、最終的に購入することを決断した。
しかし、これで全ての問題が解決したわけではなかった。
下宿にもどって、改めてその本を読み出してみると、とても専門外の学生が簡単に理解できるような代物ではないことがすぐにわかった。
それから、 七転八倒の苦しみを乗り越えて、何とか理解したのが次のような説明である。
物質には、それぞれ励起状態というものがあって、その励起エネルギーより大きなエネルギーを持った光や粒子線を照射すると、物質中の電子は励起されて、高いエネルギー状態に上げられる。
余剰のエネルギーは熱となって放散される。
この励起状態の電子は、やがて基底状態にもどるが、その時エネルギーに応じた光を発する。
つまり、ここで発生する光は単一波長、単色光である。
発光機構からして、ここで発生する光のエネルギーは、かならず最初の照射光のエネルギーは小さくなる。
これがルミネッセンスである。
蛍光灯はこの原理を利用している。
この励起状態のことを、一重項状態という(図12)。
ところが、物質によっては、一重項状態よりも低いエネルギーレベルに、準安定な励起状態を持っていることがある。
図12 蛍光とリン光の違い
これを三重項状態という。
つまり、一重項状態に励起された電子は、直接基底状態まで落ちるケースと、いったん三重項状態に落ちて、そこにしばらくとどまったのちに、基底状態にまで落ちるケースがあるわけである。
励起状態から基底状態に落ちる際に、そのエネルギーレベルの差に応じた光を発することになるが、前者のプロセスで出る光を蛍光、後者のプロセスで出る光をリン光と呼んでいる。
図12から解るように、三重項状態のエネルギーレベルは、一重項状態よりも下にあるので、リン光のエネルギーは、蛍光のエネルギーよりも小さい、言い換えれば、光の波長が長いことになる。
また、三重項状態では、電子がそこにしばらく留まるので、発光までに、時間的な遅延を生じることがある。
遅延時間はその物質によって異なるが、長いものは、時間単位になるものもある。
一部のテキストでは、発光が長引く場合をリン光と定義しているが、現実には、三重項状態への滞留時間が短い物質もあるので、厳密には、この定義は正しくない。
現実に、寿命の短いリン光はいくらでもある。
一方で、寿命の長い蛍光を発する物質はない。
このような説明をして、筆者はなんとか、かの教授から合格点をもらうことができた。(ヤレヤレ)
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5. おわりに
今回は、厚膜印刷技術を使って形成するフレキシブルなオプティカルデバイスのはじめとして、無機ELデバイスについて紹介した。
まだ、初期の製品開発段階にあるものが多く、現状では詳細を明らかにできなかった部分も少なくなかったかもしれない。
逆にいえば、今後の技術開発の主要テーマになってくるとなると、全体を俯瞰的にみて評価や決断をしなければならなくなる局面に出会うことになる。
多くの技術者や研究者は、普段は極めて狭い分野で活動しており、全体の中で自分のポジションを見失いがちである。
この小論が、自分の立ち位置を考え直すきっかけにしていただけるのであれば、幸いである。
次回は、光エネルギーを電気エネルギーに変換する代表的なデバイスである、太陽電池について考えてみることにする。
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