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テクニカルレポート
2020.04.03
シリーズ:さまざまな研究所を巡る(第15回)
NHK放送技術研究所(その3)
厚木エレクトロニクス

 

 

1. はじめに

 

 NHK放送技術研究所(以下、NHK技研と略す)についての紹介は、撮像素子、ディスプレーに続き、今月は映像の録画に適した新型メモリ2種の開発を紹介する。

 放送された映像や音声を長く保存しておくことが重要であるが、一般の電子機器に用いられているNANDフラッシュやハードディスクでは、長期にわたる信頼性が十分でなく、寿命が保証されていない。

 そこで、それに代わるメモリの開発が行なわれている。

 

 

 

2. 多値記録ホログラムメモリの研究

 

 8K映像を長期保存するための超大容量・高転送速度のアーカイブ用記録システムが求められている。

 この要求に応える記録技術として、NHK技研では多値記録によるホログラムメモリの研究開発を進めている。

 まず、ホログラムメモリについて解説しておくと(筆者も専門ではないので他の資料からの受け売りだが)、一つの記録領域に信号光と参照光とを違う角度から照射し、その干渉によるパターンをフォトポリマーの屈折率の大小として記録する。

 光の強度や波長だけでなく位相も含めて記録でき、この技術をデジタルデータの記録に応用したのが「ホログラムメモリ」である。

 図1のようにデジタルデータを、空間光変調器(液晶パネルなど)を用いて2次元画像(ページデータ)に変換した上、レーザ光を通過させて信号光とし、別の角度からの何もしていない参照光(無変調のレーザ光)とともにフォトポリマに照射し、発生した干渉縞を記録する。

 

図1 ホログラムメモリの記録・再生の原理 

 

 

 読み取り時には、参照光のみのレーザをフォトポリマに照射すると、その回折光がページデータの光学像として出現し、それをイメージセンサで感知する。

 これまでページデータは白黒の2値で行っていたが、記録容量の増加をめざして多値記録に取り組んでいる。

 2018年度は、多値数4の振幅多値記録に有効な機械学習に基づく再生データの復調技術と、クロストーク低減手法に取り組んだ。 

 振幅4値記録のホログラムメモリでは、4種類の輝度をもつシンボル画素(記録する単位画素)が二次元に配列したページデータをレーザ光により記録再生する(図2の①)。

 

図2 ホログラムメモリの記録・再生の原理 

 

 

 ページデータを再生する際、ノイズなどが原因で記録時と異なるシンボル画素の輝度値になると、再生情報に誤りが生じる(図2の②)。

 再生データの復調技術については、これまでに、畳み込みニューラルネットワークによる復調方式を開発し、2値記録での有用性を確認してきた。

 これは、3×3のシンボル画素を一かたまりとして画像パターンをニューラルネットワークによるAIに学習させ、復調時に、推定された確率分布から最も確からしいデータを選択する方式である。

 今回、さらに本方式を振幅4値記録へ適用することを目指して、数値シミュレーションにより検討を行った。

 その結果、変調ブロックを構成する3×3シンボル画素を畳み込みニューラルネットワークで復調したところ、従来の硬判定(一つの閾値で0、1の判定を行う)と比べて復調誤りが1/4になることを確認できた(図2の③)。

 また、3×3シンボルの周辺部からのノイズの影響を勘案し、入力ブロックを5×5シンボル画素へと大きく増やすことにより、さらに硬判定から約1/10まで復調誤りを抑制できることを確認した。

 ホログラムメモリの大きなノイズ要因はシンボル画素間の光の漏れ込み(クロストーク)である。

 そこでシンボル画素を小さくし、かつシンボル画素間に黒のシンボル画素を挿入(見かけ上の開口率を小さく)することでクロストークの低減を試みた(図3)。

 

図3 シンボル間に黒信号を挿入してクロストークを低減する 

 

 

 提案手法で構成したページデータを用いて記録再生実験をしたところ、再生信号の誤り率を完全に訂正可能な値(2×10-2以下)を超える7.5×10-3にまで低減できることを確認した(図4)。

 

図4 提案手法によるヒストグラムの誤り率の改善

 

 

 

3. 磁性細線メモリ

 

 機動性に優れた小型カメラには、小型軽量なメモリが欲しい。

 4Kや8Kのような高画素、高フレームレートの映像の記録に適した不揮発性メモリが要求され、既存の半導体メモリやHDDでは満足できないので磁性細線メモリを開発している。

 磁性細線メモリとは、十数年前にIBMがレーストラックメモリと称して発表したことで知られているメモリで、細線状の磁性体にHDDと同様なヘッドを用いて、ごく微少な部分を磁化する。

 細線に電流を流すとこの微小な磁化された領域(磁区)が移動する。

 これは40年ほど前にBergerによって理論的に予測されていた「電流によって磁壁を動かすことができる」という現象である。

 そこで、図5のように電流(ナノ秒の高速パルス)を流して書き込んだ磁区を移動させ、次々に細線にデジタル情報を書き込む。

 

図5 磁性細線によるメモリの原理 

 

 

 読み出しもHDDのヘッドの要領で読み出す。

 磁区の移動速度は100~300m/sで、HDDのヘッドとディスクの相対速度より約10倍速い。

 NHK技研の検討では、コバルトとテルビウムの積層膜を使用している。

 コバルトは2~3原子層という薄さである。

 図6は、開発中の磁性細線メモリの構造模式図である。

 

図6 NHK技研が開発中の磁気細線メモリの構造模式図

 

 

 書き込まれた磁区は、なだらかな磁界により、磁壁の位置が不安定になる可能性があるので、磁壁位置を固定するため、図7のように電流を逆方向に流して同方向の急峻な磁界を形成し、磁区の範囲を固定することを行っている。

 

図7 磁気細線メモリの磁区エッジの安定化

 

 

 これらの技術により磁性細線メモリが実現できれば、このメモリは電流で磁区を移動させるのでHDDのような稼働部分がなく、多数の細線を使用すれば大容量になり、さらに不揮発性なので、小型カメラの画像メモリとして携帯用に最適である。

 

 

 

4. まとめ

 

 今月は、ホログラムメモリと磁気細線メモリという、一般にはあまり馴染みのないメモリを紹介した。

 正直にいえば、実は筆者も昨年の「にわか」ラグビーファンと同じように、これらのメモリについては「にわか」勉強で、冷や汗ものの記事である。

 しかし独創的で面白そうな話題であり、NHK技研発の注目メモリとして今後に大いに期待したい。

 なお、掲載した図(図5を除く)は、NHK技研様から提供していただいた。

 

<参考URL>


https://www.nhk.or.jp/strl/

 

 

 

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厚木エレクトロニクス
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