ブックタイトルメカトロニクス7月号2019年
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メカトロニクス7月号2019年
44 MECHATRONICS 2019.7 日本の産業構造の変化にともなう電子機器分野の話題商品を追う第13回 <話題商品を支える電子回路基板(その1)>連 載 1950 年代に日本で誤配線を防ぐ方式の配線として「印刷配線板」が登場し、名称も1970 年代になると「プリント配線板」、そして2000 年代になると「電子回路基板」と変化し、電子機器を作る上で縁の下の力持ちとして支えてきた。 今回は、日本国内で生産される「電子機器」とそれを裏方で支える「電子回路基板」の市場規模推移の実態について2 回に分けて紹介する。1. 電子産業の市場規模推移 先ず、電子回路基板が使用される電子機器の市特定非営利活動法人 日本環境技術推進機構 青木 正光場動向について鳥瞰してみる。日本の電子機器の統計資料は、電子情報技術産業協会(JEITA)より公表されており、区分は「民生用電子機器」、「産業用電子機器」、「電子部品・デバイス」の3分類になっており、諸外国では必ずしもこのような分類になっていない(図1)。 日本の電子産業として電子回路基板が使用される「民生用電子機器」と「産業用電子機器」(電子部品・デバイスは除いての合計金額)の1972 年以来の市場規模推移を図化すると図2 のようになり、後半になると国内生産の減少振りが分かる。1) 1970年代から1985年までは話題商品もあり、生産額も右肩上がりで成長した。1985 年以降に踊り場を迎えたのは“プラザ合意”によるドル為替相場の変化によって、急激な円高の進行により、生産拠点が変わったことも影響している。 その後、再び成長し、電子機器(民生用電子機器+産業用電子機器)の国内生産は1991 年がピークで16.4 兆円となる。1992年以降の減少は、1991 年のバブル崩壊の影響によるもので、その後、再び成長へと転じたものの2000 年以降、米国のICT 景気後退もあり、再び減少となった。 2000 年12 月から2002 年1 月までの14ヵ月間が、景気後退期の第三次平成不況とも言われている。2008 年から急激に落ち込んでいるのは、2008 年に発生したリーマンショックによるものである。2. 家電製品の多様化 1980年代には、“家電必需品”から“家電便利品”や“家電娯楽品”などが登場し、日本発信の電子機器が表1に示すように次から次へと商品化され、その商品は世界で売れた。 例えば、電卓、BCL 用短波ラジオ、ヘッドホンステレオ、レーザーディスクプレーヤー、CDプレーヤー、ゲーム機、据置VTR、ノートパソコン、カメラ一体型VTR、MDプレーヤー、デジタルカメラ、DVDプレーヤー、MP3プレーヤーなどが売れ、中には世界で売れた。大半が日本から世界に向けて発信した電子機器である。 1970 ~1990 年頃、日本のエレクトロニクスメーカーから話題商品が発売され、この頃が輸出主導で日本企業の絶頂期ではなかったかと思う。1990 年以前の市場は、いわば喉が渇いた人のようであった。新製品が市場に投入されると待ち構えていたように売れた。製品が売れすぎて世界中で貿易摩擦を起こしたのが日本の電子産業である。図2 民生用電子機器/産業用電子機器の生産額推移図1 日本の電子産業の分類民生用電子機器電子産業産業用電子機器電子部品・デバイス